正直言って僕は大親友である彼のことが大嫌いだった。 姿を見る度に殴ってしまいてえ、なんて思ったし彼が自分の前を歩いていると蹴飛ばしたくなったりもした。 それでも僕が彼と仲良くしていたのは、やはり少しの羨望が心のどこかに巣喰っていたからなのだろう。 よくありがちな話だが、彼は僕と違って純真だったのだ。 その純真さが僕を腹立たせ苛立たせ、でも傍に居させた。


彼はよく僕に「好き」という言葉を好き好んで使っていた。 お前のそういう所が好きだだとか今日着ている服が好きだだとか、 あるいは「好き」という言葉を使わずとも意味的に好意を示す言葉が一際目立っていた。 それに対して僕は「ああ、僕も君のこういう所が好きなんだ」なんていう言葉を吐いて返す。 けして「大嫌いだ」とは言えなかった。言えるはずが無い。 だって僕達は親友だったのだから。






傘を閉じて軽く玄関先で水滴を払ってから靴を無造作に脱ぎ捨てた。傘は適当に放っておいた。 リビングで晩飯を作っているであろう母に一応ただいまと軽く声をかけてから自室に入る。 ザア、と雨の音が止まない。 雨の所為か少し湿気っている部屋は何故か今の僕の体には酷く重い物に感じる。 その重さに身を委ねてベッドに体を埋めるとキシリとスプリングが軋む音が聞こえた。


ポケットの中へ入れた僕に宛てられたその手紙は封を開けた時のような原型を留めておらず、 ぐしゃりと乱雑に刻み込まれた皺が目立っている。 おまけに湿気の所為で柔くなっていたのか、今もう一度広げようとしたところでその手紙は縦に歪な形で破れてしまった。 インクで書かれた文字も所々が滲んでいてよく分からない所がある。 ・・・もう一度読み直しても意味のないものなのだけれど。


親の都合で転校――転校と言っても海外なのだが、まあそれもよくありがちな展開だ。 そして彼は僕を悲しませまいとして他の友人に「俺が行った後にこれを渡してくれ」と言いこの手紙を俺に宛てたのである。 笑わせるな。誰が悲しんでるっていうんだ。 寧ろこっちは清々しい気分なのだ。これでもう苛立つことも腹立たしく思うことも羨望の目でお前を見つめることもないのだから。


(・・・あ、好きだって言わなくてもいいのか)


散々言われてきた言葉。中身もなく空虚なままで返した言葉。 そんな言葉ももう言う必要がないのだ。 なら、なら今こそ言いたかった言葉を吐き出すべきなのではないか。 最初はぽつりと呟いただけだったのだが、


「嫌いだ」


「・・・嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ嫌いだ嫌いだ大嫌いだ――」


罵り貶し嘲笑っては憤り、訴え嘆き責めては呪い憎しんだ。 姿の見えない彼に向かって何度も何度も叫び続けた。 それは一度吐き出すと止まらなくてほんの一瞬だけ外で降り続ける雨みたいだと思った。 ああ、でも気持ち悪い。とても気持ち悪い。 何故だろうこんなにも言いたくて仕方の無い言葉だったじゃないか。 なのにどうしてか言っても言ってもどこか心が歯痒くてたまらないのだ。 それどころかあんなにも言いたかったこの暴言を吐きたくないとまで感じ始めてきている。 不意に彼の顔を思い出した。とても純真だった。やっぱり苛立った。


(――っ、・・・・・・、くそっ)


手元にあった日捲りカレンダーを、まだ引き千切る時ではないのに強引に一頁引き千切った。 罪滅ぼしの為なんかじゃ、ない。ただ明日が来ればいいと思っただけのことだ。 ・・・本当に、それだけのことなの だ。


周りの人達よりも少しだけ早く僕は3月31日を捨てた。




優しき四月の魚達



ほんとうはね

2008.04.05