(国語)あやかし【妖化使】
(1)人を惑わせながら襲う異形な姿の生き物。
(2)この世のものとは思えないほど美しいものの喩え。


パタンと国語辞典を閉じて窓の外をふと見れば、既に辺りは暗かった。 あれほど自習生が居た資料室にはもう自分を除いては誰も居ない。 ちなみにこの光景は珍しくは無い。なんせ俺はいつも誰よりも勉強に励んでいるのだから。 嗚呼俺ってなんて真面目な生徒なんだろう。こんなに勤勉なやつ今の世の中では相当珍しい! そう、そうなのだ。俺は自分で自分に胸を張れるほどに勉強熱心で真面目な優等生だ。


*


この世に平穏と言う文字はあっても平穏という世界は絶対にありえない。 それが言い切れるのは妖化使という存在が在るからだ。 無論、この世の乱れが全て妖化使の所為という訳ではない(人間だって同じぐらいこの世を乱している) そもそも妖化使とは何かと言われると誰も明確には説明出来ないのだが、 抹消すべき存在であることであることは間違いなかった。 一言で言えば怪物・化物・妖怪とでも言うのであろうか。 人を襲うその妖化使は日々どこかで空腹に苦しみ、獲物を見つけては殺し甚振り餌食にする。 なら人が取るべき行動は、妖化使を退治――いや、殺し尽くすこと、だ。 勿論この問題は一個人が何らかの対処を行ったからといって解決できるような小さな規模の話ではない。 地球温暖化や少子化問題のように、世界において妖化使は大きな問題となっている。


まあそれはともかく、俺はこの妖化使を抹消する手段を身に着けるべく、日々学問に励んでいる。 しかしここで誤解されたくないのはよくあるファンタジー小説などにある、化物を倒す勇者が唱える意味の分からない 呪文を必死になって覚えたり、奥義を学ぶ為に師匠と特訓をしているわけではないということだ。 科学文明である現代らしく、この妖化使はα形細胞の為この薬品が効くのではないだろうか、だとか 行動パターンを分析して簡単な分布図を作りトラップを仕掛けてみるなど。 少し地味、というか夢がないというか・・・まあそこらへんは軽くスルーしてくれて構わない。


だから俺がいつも通り暗い夜道を歩きながら家に帰ろうとしたとき、その光景を見た時は ――今まで自分がしてきたことが馬鹿らしくなった。 結局は力、それを上回るだけの力があれば論理も秩序も何もかも全て必要がないということを思い知らされたからだ。


「――――え?」
「・・・・・・」


ズシャア。たった今切断された妖化使の腕が自分の足元に滑りながら飛ばされた。 切断面からはだくだくと血液が流れ出て、思わず吐きそうになる酸味と苦味の混じった異様な臭いを撒き散らす。 くらりと眩暈のような感覚に、襲われる。 視線の先(綺麗な三日月がよく見える)、いつもと変わらないはずの、道。


「……」


赤に塗れた彼女が、寸分の躊躇いもなくその躯体を真っ二つにした。





ムーン・フェータリズム


(おいおいおいおいこれは夢か?)

2007.10.11