ひゅう、ひゅう、


と風が駆け抜ける音がその場に響き渡る。 しかしそれは決して爽やかな風でもなければ心地の良い春風でもなく、ひんやりとした秋風でもない。 血みどろになりながらもまだ息をしている目の前の化物の喉――先ほどの攻撃で大きな穴が開いている――から流れ出る風、だった。 呼吸を繰り返してはいるがその穴によって空気は外へと流れで、笛と同じ原理で軋んだ音を発している。 ひゅう、ひゅう。さっさと息絶えれば良いものを。


「苦しいだろうに」


哀れむような目で、慈愛に満ちたような目で、見つめる。 ア、ア、ア、 と掠れたような声で呻きながらもまだ生にしがみ付く醜い化物は私を恨むような目で睨みつけた。 ボタタっと血の塊が砂上に落ちる。 きっと今日の昼にでもこの公園に遊びに来ていた子供達が作ったのであろう砂の城は 赤黒く染まりながら崩れ、廃墟と化した。


「何人殺った?」
「・・・・・・」
「ざっと見て150……いや200人程度か」
「・・・・・・・・・」
「お前を責めるつもりは無いよ」


ひゅん!

これは先程の化物の呼吸音ではなく、その化物が私に向かって放った最後の一撃が空を切り裂く音だった。 その大きく血管が浮き上がったグロテスクな手が私の頭を握り潰そうと襲い掛かる。 左足にぐっと力を入れ素早く右にスライド移動する。 先程私が立っていた場所に大きく亀裂が入った。砂埃が舞う。 そして絶え間なくアアアアアアアアアと野太い悲鳴が聞こえたと同時にパアン!と風船が割れたような音がした。 瞬間、血の雨。 私を殺そうとして放った攻撃であったが、その衝撃に耐えられなかったのだろう。 化物の腕が勢いよく破裂した。もはや原型を留めてはいない。


「終わりにしよう、ね」


手にしていた鎌を振り上げ、躊躇うことなく哀れむことなく化物――否、妖化使(あやかし)と言うべきか――に向かって振り下ろした。 妖化使の叫び声はもはや響き渡ることはなかった。









「いや、助かった。あれから一切事故が起こらなくなってね」


薄暗く汚い路地裏に不似合いなブランドのスーツとよく肥えた腹を持った男は嬉しそうに笑った。 指には僅かな月明かりでさえも綺麗に反射するほど磨かれた金と銀の指輪をはめている。 私は「それはよかったです」となるべく目を合わさずに相槌を打った。


「それで、今回の報酬だが」


ガチャンと床に置かれたスーツケース。相当な額の金が入っていることは間違いなかった。 男はまた愉快そうに唇を歪め、また頼むと一言残しその場を後にした。 その後姿が見えなくなった後、私は「う」と声になりきれていない声を発し、その場に崩れた。


(ごめんね――ごめん、ごめんね)


命の代価を手に持つとそれはずしりと重く重く、潰れてしまいそうな程に辛辣だった。 ああそれでも私は救わなければ。それが救いとなっているのかが分かる日が来ることはきっとないだろうけれども。


「私はどこまでもどこまでも殺さなくてはならない。
 それが善でないことだって知っている。
 しかしそれと同時にそれが悪でもないことも知っている。
 命の匂いが染み付いたこの両手で私は今夜もまた生を奪いに、」




デスエデュケーション




その獣はを流さない




2007.09.30(2008.03.12編集)