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父の書室に昔から大事そうにガラスケースの中に飾られている一冊の本があった。
それは特に高価な本でもなく、僕が今住んでいる惑星(ほし)に昔から伝わる御伽噺の本で
幼い頃によく聞かされていた――まあ要約すると別に大したことも無い本だった。
その本はガラスケースに入れられているからといって父に「絶対に触るなよ」なんて言われなかったし、
寧ろ「暇があったら何度でも目を通しておきなさい」なんて勧められていたりもしていたのだ。
気付いた時にはもうその習慣が身に染みていて、案の定今もガラスケースの中からその本を取り出した所だ。
夜だから部屋が暗い。ガラスケースの隣に常備してある小さなランプを灯した。
瞬く間にほうっと薄暗かった書室が明るくなり(それでもやや薄暗いが)その本の文字の羅列がはっきりと見える。 『とある惑星のお話。その惑星は一日を昼と夜が別ちあいながら生きていた――』 まずこの話の文頭を聞いて恐ろしいと思わなかった人をきっとこの惑星の人達は知らないだろう。 小さな子供なら「きゃあ!」「ええっ?!」なんて可愛い悲鳴を上げ、 成人した人なら「子供の頃よく聞かされたわね」なんて懐かしみながらも「でも一体誰がこんな恐ろしい御伽噺を?」なんて疑問に思ったりするのだろう。 しかし僕はこの恐れられた、否今現在も恐れられながら受け継がれているこの御伽噺に酷く興味を持った。 怖いもの見たさという言葉があるが、そうじゃない。 ただ単純に「良い」と思ったから興味を持っただけ。 それを親友や母親に話すと結構な勢いで引かれてしまう。 「お前……前々から思ってたけど、時々突拍子もないこと言うよな」 「まあまあ。関心を持つのはいいけれど……流石にお母さんもそれには同意できないわね」 必ず苦笑いを浮かべる親友、何度話しても真剣に聞いてくれない母親。 半ば諦めたような返答しかされなくなった時、僕は父に会いたいなと思った。 もう数年も前に亡くなった父はえらくこの御伽噺を愉快そうに読み、また宝のように扱っていたのを覚えている。 そんな父と幼い頃からずっと一緒に、時には声に出したりしながら読んでいたから僕はこの御伽噺に対する考え方が周囲と少しズレてしまっているのかもしれない。 僕がまだ6つか7つぐらいの時、父に「このおはなし、こわくないの?」と尋ねたことがある。 父は一瞬きょとんとして「怖いさ。けれどけっして怖くなんかない」とさらりと言ってのけた。 勿論幼い僕はその矛盾している言葉の意味を欠片も理解できずにただ首をかしげるだけだった。 その時、バタン!と扉を力任せに開いた音が書室に響いた。 次に聞こえてきたのはぜえはあという親友の息を切らす音。 僕は目線だけをそちらへ向けたが体はけっして動かさなかった。 「――何、やってんだよ……!」 「……読書を、」 「早く逃げろよ!非難していないのはもう俺とお前ぐらいだぞ!?」 一段と大きく響いた親友の声の後、その声を追うように外から警報の音が鳴り響いた。 ビーッ ビーッ と耳に張り付くようなその音がしたかと思えば、次に警告の声が鳴る。 『午前3時25分 午前3時25分。時間がありません。まだ非難していない者は直ちに飛行所へ――』 電子機械から発せられる流暢な女性の声の警告を聞いた。(ああ、もうすぐ、) 僕は気をすっかり緩めていた。その隙を親友が見逃す筈も無く、抱えていたその本をすぐさま奪い 窓の外へと勢いよく放り投げた。 「夢を見るな!それは御伽噺だ!……っ、目を覚ませよ!」 「………」 「夜が逃げてるの、分かるだろ!?死にたくないだろ!?あと少しで――」 御伽噺の中に出てくる登場人物は、みんな明るかった。 青い空の下で笑い合い、名を呼び合って、暖かく生きていた。 夜ばかりのこの惑星とは違い、光を浴びながらも幸せを見出していた。 それを羨ましく思うことが何故可笑しいというのだろう。 警報の音が鳴り警告の声が響く。ああもうすぐなんだ。もうすぐこの惑星に―― 「太陽が昇るんだよ!!!」 なあ父さん、僕はこう思うんだ。 あの御伽噺は御伽噺なんかじゃない。だってどこにも「むかしむかし」なんて書かれていなかったじゃないか。 寧ろ「むかしむかし」で締め括られるべきなのは、この惑星だ。 僕は親友の肩をポンと力なく押した。親友はひとこと「馬鹿野朗」と呟き書室を去っていった。 さて、と。僕は胸ポケットの中に入れていたボールペンを取り出し、近くの棚に入れてあった適当な原稿用紙を取り出した。 御伽噺を塗り替えなければならない。 『むかしむかし、とある惑星のお話。その惑星は一日を夜がずっと支配していた――』 |