|
逝きは良い良い 甦りは怖い 鬼灯(ほおずき)の中でゆらゆらと虚ろげにゆれる明かりがか細く鳴いた。 そういえばそろそろ寿命だったかと思い、ゆっくりと近くを流れていた川へ鬼灯ごと流す。 明かりは消える間際に一際大きくゆらいだ後、水に呑まれて逝った。 先程までその明かりによってなんとか照らされていた夜道が黒く染まる。 あァ…こりゃあ山を越えるのは大変になりそうだ。 溢したくなる溜息を堪え、腰にぶら下げた袋を引き摺りながら足が赴くままに進み続けた。 暫く歩き続けると、遠くで新しい明かりが生きているのを見つけた。 今の時期に生まれるなんて珍しいと思いつつ、巾着の中に入れておいた予備の鬼灯を持ち捕獲体勢にかかった。 徐々に近くなる明かりとの距離。しかしその明かりを見てひとつの疑問が浮かび上がった。 (…緑?) 普通明かりというものは赤、もしくは珍しくて黄色。 しかし今己の視界で捕らえている明かりはどう考えてもその一般的な色ではなかった。 緑、でもどこか目を惹かれるような鮮やかさを持つその色。 これはもしかすると売れば相当の金になるかもしれないと考えた俺は生唾を飲んだ。 そろりそろり 足音を鳴らさず息を抑えて(なんせ明かりというのは大変警戒が強い生き物なのだ)距離を詰める。 残り五歩、四歩、三歩、二歩――一歩! 手に用意していた鬼灯の口をその明かり目掛けて勢いよく被せた。 (やったか?) おそるおそる手の中の鬼灯を見る。 期待とは裏腹にその鬼灯に明かりは灯されてはいなかった。 ――チッ。 思わずしてしまった舌打ち、そしてその後に出てくる溜息。 これであの明かりは危険を察知してどこか森の奥深くまで隠れてしまっただろう。 あの明かりを打って暫くは依頼をこなさずに食って行ける、なんていう微かな夢は儚く散っていった。 成程、だから人の夢と書き儚いと読むのか。 そんなことをつらつらと考えているのも莫迦らしくなり、来た道を(勘なのだが)戻ろうとすると 「…は?」 ふよふよと目の前を漂う、緑色の― 暫くきょとんと呆けていたが、その明かりを見続けている内に「ああ」とひとり納得する。 そうか、今は夏だったのか。そういえば鶴もとっくの間に姿を見せなくなっている。 俺は自嘲的な笑みを漏らし、「悪かったよ」とその緑の明かりに向かって話しかけた。 するとそれは一瞬ふわりと浮いたかと思うと俺の手に静かに着地する。 指の腹でその背をやんわりと撫でてやるとチカチカと明かりを照らさせた。 「悪い、山を越えたいんだが明かりを死なせてしまってな。…少し付き合ってもらえるか?」 「あら、この私が私を売ろうとした意地汚い人間などに簡単に力を貸すとでもお思いで?」 「はは、そんなことを云わずに頼むよお嬢さん。蛍の明かりは道をよく照らす」 「冗談よ。困っている人間を助けないほど蛍は性の悪い蟲ではないわ。その袋…重そうだもの」 「分かるのか?」 「そしてとても哀れだわ」 「…山を越えたら美味い水をご馳走するよ」 「ええ」 蛍はにこりと笑うと俺が手にしていた鬼灯の中に身を潜めた。 闇に飲まれていた道が鮮明に視界へ映し出される。 さて、ここからどう行けば街へと出れるのだっけか。 「旅人さん、街は正反対の方向よ」 「そうかい。なら戻らないとな」 体を反転させ、今まで歩いていた道程を見返す。 そこに見えたのは明るく浮かんだ道ではなく、 暗闇の中で一際目立つ血走った妖化使(あやかし)の眼だった。 「…わーお」 「つけられていたの気付かなかったの?」 「残念ながらこれっぽっちも」 ガルルル、と飢えた妖化使(あやかし)が爪と牙を光らせ唸りながら俺との距離を詰め始めた。 こりゃあちょっとばかし街へ行くのには梃子摺りそうだ。 俺は鬼灯を紐で腰に固定し、一目散に逃げる用意をした。 こんな所で喰われてしまっては今までの旅が無駄になる。 そう、俺にはこの袋にぎっしりと詰まった魂を一刻でも早く黄泉へと送るという仕事を果たさなくてはならないのだから。 怖いながらも とおりゃんせ 2007.08.22 |