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「あたしね、権力者になりたいんだあ」 夏が、躊躇いもなしに近づいてくるのを感じさせる中途半端な暑さ。 この教室は影になっている部分が多いからか、他の教室よりかは涼しく感じられる。 そんな教室で彼女が私に切り出した、夢。 「権力者?」 「そう。権力者」 「ふうん…これまた漠然とした夢ね」 「でも一番目指すのに相応しい夢だと思うけど?」 小さな蚊の羽音が耳元で聞こえた。 あ、腕刺されてる。すると目の前に一匹の蚊がプウンと姿を現した。 「えい」 パチン! 思い切り手を叩いて、そっと開く。 手の中は空。そしてその手の上をこれまた先程と同じように蚊がプウンと飛んだ。 「権力者、と一口に言っても世界には色んな権力者が居るよね。あんたは何になりたい訳?」 「んー、何に…ねえ。言いたいことは分かるけどちょっと違うかなあ。 あのね、私がなりたいのは、例えば内閣総理大臣だとかアラブの石油王とか、そんなんじゃないの」 「へえ?」 「だからね、『形に出来る権力』を持ちたい訳じゃないのよ」 地位や身分で表される権力者になりたい訳ではないのなら、 「ならあんたは『形に出来ない権力』を持ちたい、とでも?」 できるだけポーカーフェイスを装いながら、私は彼女に聞いた。 彼女は穏やかに微笑んだ。 「うん。形に出来ない権力を統べる人になりたいなあって思う」 「…それ、どういう意味?」 「この世で形に出来ないものなんて、ひとつだけしかないよ」 心しか。 できれば彼女の口からそんな言葉なんて聞きたくなかったというのが本音だった。 心の権力者になりたいなんて、いつから彼女はそんな愚かなことを考えていたのだろう。 誰よりも傍に居て、誰よりも彼女のことを知っている私は気がつけなかった。 否、知っていた気になっていただけなのだろう、多分。 「どうして、また?」 「しいて云えば、『全て』が『心』にあるから、とでも云うのかな。 結局はね、何が一番の要になるかっていったら心になるわけじゃない。 ルールを乱すのも、罪に手を染めるのも、愛することも、心を動かすのだって」 「……」 「心を奪わなきゃ何も支配なんてできない」 「あんたは」 「ん?」 「支配をするだとか、されるだとかを口に出すような人、だった?」 私は自分が気付けなかった疑問の解答を彼女に求めた。 涼しいと感じられた教室が無性に暑く感じる。 「ねえ」 彼女の声が、風鈴の音のように教室を透明に駆け抜ける。 開け放した窓からはまるでその声を追うかのように風がふわりと、 「あたしは権力者になりたいのよ、心から願ってる」 蚊がプウンを羽音を響かせた。殺す気にはなれなかった。 2007.06.08 |